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亡命イラン人レズビアン女性とのインタビュー 「拷問を受けたのは私がレズビアンだから」<上>
2007/08/03 12:15
すべてのレズビアンであるイラン人女性へ
この日をもって、自由の道を、手をとりあって、腕を組み、しっかりと大地を踏みしめ、そして顔を上げて歩きましょう。束縛の鎖を、恐怖の鎖を壊しましょう。連帯、強さ、誇りを持って、自由な生命のために立ち上がりましょう。検閲と弾圧、そして孤独の時は、終わりを迎えようとしています。不正義と圧政と暴力について、勇気を持って話せる時が来たのです。あなたと私が、世界に向かって苦しみと悲しみの声を上げないなら、私たちは、恐怖の中で死んでしまうことでしょう。レズビアンであるイラン人女性が直面している問題を、世界に訴えます。あなたと私が黙っているなら、私たちの権利だけでなく、数え切れない人たちの権利が、きっと犠牲になるでしょう。何を待っているのです?一緒に、自由のために声を上げましょう。
読者のみなさんに自己紹介をお願いします。
私はイラン人レズビアン、タラネ(仮名)です。48歳。17年前、ヨーロッパへ亡命しました。
レズビアンだと気が付いたのはいつですか?
子どもの頃から、男の子よりも女の子の友だちといる方が好きでした。
なぜ亡命したのですか?
私はレズビアンです。そのために、(イランでは)数え切れないほど逮捕されました。刑務所へ送られましたし、死刑も命じられました。最初に逮捕されたときのことを覚えています。あれは、私がイスファハーンで学生をしていたときのこと。彼女と車の中でセックスをしていたときに捕まりました。大学を辞めさせられました。3ヶ月を刑務所で過ごしました。鞭(むち)で打たれました。私の家族は、私を拒絶しました。そこから、私の長くつらい生活が始まりました。
イランでレズビアンとして生活する中で、どんな問題がありますか?
私がレズビアンだということには、みんなが気付いていました。私の家族は、私を強制的に結婚させました。親戚と結婚しました。どうすることもできなかったのです。でも、私には彼女がいました。そのことに近所の人が気付いて、家族に知らせたのです。イラン革命防衛隊がやって来て、家を荒らし、私たちに暴行しました。そして、目隠しを付けて連れて行かれました。
イラン革命防衛隊は、あなたたちの関係について、証拠を持っていましたか?
はい。革命防衛隊は、私の彼女までも逮捕しました。証拠は、私たちが交わしていた手紙です。見つけられてしまったのです。
あなたが彼女に書いたラブレターが、逮捕の証拠に?
2度目に逮捕されたとき、私は、レズビアンであることを認めるよう強要されました。このように話している今でも、体が震え、とても冷たい気持ちになります。ロープで打たれて過ごした時間、当時まだ17歳だった彼女、そして私が(痛みで)絶叫して過ごした時間。神が、私たちに代わって復讐してくれたら。革命防衛隊は、私を独居房に入れました。私はひどく鞭で打たれたために、大量に出血していました。彼らに助けを求めましたが、だめでした。
今でも、あのときの傷が消えません。イスファハーンの刑事法廷は、私が悔い改めて、革命防衛隊がレズビアン・コミュニティの人たちを逮捕するのに協力するよう提案しました。私はその提案を断り、再び拷問されました。数日後、私は、女性用監房に移されました。
あなたの彼女はどんな状況に?
彼女はとても若かったので、革命防衛隊は、彼女が私にだまされていたのだということで、6ヶ月後に釈放しました。しかし、私は、2回目の逮捕である上に、夫もいて、(当局に)反抗するような態度を終始とっていたので、さらに2年間、刑務所で過ごすことになりました。革命防衛隊は私に紙切れを見せて、「絞首刑の評決だ」と言いました。彼らは、毎日、「お前が釈放されたって、俺たちがすぐに捕まえる。そして、刑務所に送って絞首刑にしてやる」と言い、私に精神的拷問を加えました。(翻訳 山下梓)
※このインタビューは、イギリスのLGBTニュース・サイトUK Gay Newsが行ったものです。ゲイジャパンニュースはUK Gay Newsより記事提供をうけ、翻訳をしております。 |