エッセイ
【エッセイ】選んだわけじゃない、私はこういう風に生まれたんだ
2008/03/07 18:05
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(写真=マニーシャ) |
カトマンズという歴史的な街に生まれ育ちました。私は、日々の生活において、いろいろな役を演じています。そのひとつ、とても小さな世界でだけ、私はみんなに「マニーシャ」という名前で知られています。
友だち、近所の人、そして家族にさえ異なる扱いを受け、差別されました。「第三の性」、私と同じ性的マイノリティであるメティ(トランスジェンダー)の友人と過ごす時だけが、私が居心地よく過ごせる時間です。その他の多くの時間、私は嘘をついて生活せざるを得ません。息苦しくなります。私の肩には、社会でいう「男としての責任」が乗っかっています。
不公平だと思います。私は、悪いことはしていない。でも社会では、押しつけた責任を私が負えない、または負いたくないというだけで、「倒錯」「不自然」「罪深い」などと呼ばれています。
なぜこういう風(メティ/トランスジェンダー)になったのか、私には分かりません。選んだわけじゃない。ただ、自分が何者なのかとか自分の感情については、自然なものだと思っています。心からの、本当の自分です。社会は私を理解しようとはしてくれないけれど。
幼い頃は、孤独に耐えなければなりませんでした。トラウマとなった孤独、この広い世界で、自分だけみんなと違うという孤独です。多くのメティの友人と同じように、私もレイプや差別、虐待や暴力、そして社会に押された烙印に苦しみました。
でも今は、孤独から抜け出しました。そして、私たちメティに対する社会的暴力が、今に始まったことではないと気付きました。社会は、「違い」を恐れているのです。私たちは他の人たちと違っている。これまでの経験から、社会はきっと、私やメティの友人たちを社会的暴力の被害者にし続けるのではと思っています。
今、家族の中にポジティヴな環境を作ろうと、努力しています。まだまだ始まったばかりですが、家族が私のことを受け入れるだけではなく、第三の性である娘として誇りに思ってくれる日がいつか来ることを、信じています。
ところで、私には夢があります。それは、性別適合手術を受けること。ネパールのような場所では、これは虚しい夢かも知れません。性別適合手術の前例がないのですから。こういう社会環境ですし、手術にかかる膨大な費用のこともあり、海外で受けることも不可能です。また、ネパールには、性別適合手術について相談できる団体もありません。
それでも、私は性別適合手術を受けるという夢を強く持ち続け、決して諦めません。いつか手術を受けて、本当に「マニーシャ」になりたい。手術が済んだら、性的マイノリティのために人生を捧げたいと思っています。
最後に、社会と、そして性的マイノリティである友人たちに向かって言いたいことがあります。
私たちメティは、メティであることを選んだのではありません。こういう風に生まれたのです。私たちの感情や振る舞い方は、選んでこうなっているのではなく、生まれたときから決まっていたのです。もしメティであることを選べたとしたら、私たちが、こんなにも多くの差別や苦痛、苦難をもたらす「メティ」を選んだと思いますか?
友人たちには、現実の中で生きてほしい。本当の自分、そして自分の欲するもの、アイデンティティ、生活を抑圧しないで。自分に性的マイノリティとしての「権利」があることに気が付けば、ありのままの自分で生きることはできるのです。(マニーシャ(ブルー・ダイヤモンド・ソサエティ スタッフ)、翻訳 山下梓)
※ネパールのLGBTI権利団体「ブルー・ダイヤモンド・ソサエティ」への寄付を呼びかけております。みなさまのご協力をいただけますよう、お願い申し上げます。 |